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2006年1月30日 (月)

恥ずかしいひとこと。。

同じ職場でアシスタントの女性が 髪型を変えてきた。

ストレートからなんというか あの『エースをねらえ』

のお蝶婦人を控えめにしたような感じ。

似あうと思った。

でも もりまさは 仕事のことで感謝したり、褒めたりするのは

普通にしているが、 そういったことで女性を褒めるのは

自慢じゃないけど昔から 手。

奥さんが美容院に行って帰ってきてもうまく褒めてあげられない。

気がつかないふりをするのも変だし。

考えたすえ 言った。

『なんかゴージャスになったね』 ・・・強引だな。。

ポーカーフェイスを装ったが かなり照れた。

一応 笑っていた。

でも肩の荷がおりた気がして 普通にしゃべれるようになった。

自然に褒められる 男になりたい。

2006年1月29日 (日)

祝 ボクシング新チャンピオン誕生! 越本隆志

越本隆志選手おめでとうございます。

池仁珍という かなりの実力のある強豪を判定でやぶり

ボクシングの世界フェザー級新チャンピオンになったとです。

テレビ放送がなくて 試合は見れなくどうなっているのかなあと

どきどきしていました。

35歳での戴冠は日本記録。(それまでは輪島功一さんの32歳)

父がジムの会長で今回はチャンピオンに払うファイトマネーに

いっぱいいっぱいで越本選手はファイトマネー0円だったとか。。

ジムの資金繰りの厳しさを知っていて

『チャンピオンになってから稼ぐからいい』

我慢のコメントを残してましたね。

ボクシング 続けてよかったですね。

夢をあきらめず、つかんだ最後のチャンスに人生の全てを賭けたのでしょう。

録画でも 早く試合を見たいです。

気合はいりました。ありがとう。

2006年1月28日 (土)

そのとき私は・・息子の誕生

息子は今年で5歳になります。早いもんです。

Imgp1012_2

誕生日は01年の4月23日。

結婚したのが00年の4月22日なので

あと一日前なら

結婚一周年記念に生まれるという

ちょっとだけ自慢できることなっていたとこでした。

母親の骨盤より子供の頭の方が大きい、児頭骨盤不均衡(じとうこつ

ばんふきんこう)のため

吸引分娩→帝王切開へと変更に

が、 そのとき肝心の私はいうと。。

残念ながら一緒にいることができませんでした。

実は。。

 

出産の前日が日曜日だったのです。

里帰り出産のため夜まで奥さんの実家にいたのですが

まだ生まれそうになかったので

仕事のために車で社宅の方に引き返してきたのです。

その際 大失敗しました。

携帯電話をドライブモードにしており、それを解除しないままでした

何かあったらいつでも携帯に電話を!

と義母と義父にいっておきながら・・・。

その夜1900頃 仕事が落ち着いて

「あーそういえば 珍しく今日は携帯が鳴らなかったなあ」

と携帯をながめると車のマークが。。

そして『着信アリ』メッセージが大量に

おそるおそる 留守電のメッセージを

聞いてみると じょじょに深刻さが増してくるメッセージが。

『産気づいたので夜中に病院にいきました』

『今分娩室に入りました。』

『ちょっと、時間がかかっています、どうも、きらないと駄目そうです。』

これは まずい。。すぐに 実家に電話すると義母が出られて 

『かわいい 健康な子。おめでとうございます』

 

ああ、申し訳ない。。

すでに出産を終えており、

ばたばた騒ぎにきがつかないまま子供が生まれてしまいました。

夜中に2時に病院に連れていってくれた義姉さん。

病院の分娩室の外で5時間

以上も 髪が抜ける思いで祈りながら待っていて

お義母さん

ありがとうございます。

ふたりめはないかもしれませんが 孫の誕生のときは 頑張ります。。

ブログを始めて一週間

来訪してくださる方 どうもありがとうございます。

3日坊主にならずなんとか続けられています。

それにしてもビックリしたのがこんなにブログって普及

していたのかということです。

その人の内面というかココロの中が現れてきていて

言葉の表現力のうまい人、目のつけどころのいい人

人を楽しませることにたけた人。

実際あったわけではないが、ひとそれぞれ 頑張っているのをみて

しげき されました。

面白いブログ いっぱいありますね。

楽しませてもらったり、感動させてもらったり、ちょっと

おっとっととな映像がでてきてびっくりとかも 笑)。

まだ生まれたてで まだまだ未熟なもりまさですが

ぜひ 気軽にお立ち寄り下さい。

リクエスト質問 などもありましたらぜひ お気軽に。

2006年1月27日 (金)

映画の話『THE 有頂天ホテル』

もしもこんな大晦日があったら

ドリフ風にいうとこんな感じでしょうか。

本当 一生に一度でいいからこんな
楽しい大晦日を迎えてみたいものです。
まあ大団円にたどりつくまではトラブルのラッシュでしたが・・。

豪華絢爛なホテルで繰り広げる
さまざまな人間模様。(ほんとすごい人たちだ)

大技小技の お笑いどころが満載で
テンポよく話がすすみ あっという間の2時間強でした。

おおいりの映画館の観客の方達とこんなに一体感をかんじたのは久々でした。

『おかえりなさいませ』

役所広司さんのホテルマンは 中谷さんの言葉を借りて言えばまさに

サービスの達人ですね。

そして 帰り際に”勇気”と”希望”というおみやげを
ホテル・AVANTIのロゴ入りの
袋に入れてお持ち帰りさせていただいた。そんな感じです。

三谷幸喜さんってすごい
名前どおり人を喜ばせ幸せを運ぶ職人ですね。
次回作も楽しみです。

そういえば劇中に出てくる慎吾君から
たらい回しにされていた 幸運(不幸)を呼ぶ?という
あの緑色の髪を静電気で逆立たされたような
人形ですが 実家にも似たようなものが
ありまして・・・魔除けとのことでした。
(髪の色はオレンジでした)

気持ち悪いから捨ててという家族の
ブーイングにも負けず父が大事にしてましたね。

まあ 家族全員健康でやっているのでご利益があるのかもしれませんね。

公式ホームページはこちら↓

http://www.uchoten.com/

2006年1月26日 (木)

ラッキーセブンの3(by ガッツ石松師匠)

好きな数字は?

と聞かれて 石松師匠が応えた回答は

うーーーーんラッキーセブンの 

???さすがです。師匠。。

天然と呼ばれる私のはるか先をいっています。

そんな ラッキーセブン を集めてみました。

Imgp0958

記録を意識したのは7万を超えたあたりからです。

無事 TUTAYAの駐車場にて達成しました。。

達成日 05年7月9日(後2日早ければ・・・)

Imgp1053

← バカボンパパ?

 いえ ガッツさまです正月の300円くじではずれ

 あたりました。

背中のボタンをおすと・・・オッケー牧場!!

映画の話 【あの子を探して】

Photo_3 この映画を撮ったチャン・イーモウ監督は

僕の大好きな監督です。

貧しい中国の農村地帯。

そこで代用教員をすることになった女の子と小さなこどもたちとの

コミュニケーションを中心として話をすすみます。

ある日その中の一人の男の子がいなくなってしまいます。ひとりで町に

出かけてしまうんです。

先生は心配して皆で働いたなけなしのお金を手に都会へと出かけていきます。

演している子供達は多分ほとんどが役者として素人だと思うんですけど
なんでこんなに自然な演技ができるんだろうと びっくり。

TV局のカメラに向かって男の子の名を呼びかけ 
頬につたわる女の子の涙。

その切ない思いに胸がしめつけられました。

そしてもうひとつ大好きなシーンをあげるとすれば。。

子供達がミンジを迎えにいくバス代を
稼ぐためレンガ運びをするところがあります。

みんなでレンガを運び、バス代を除いて僅かに残ったお金。

どうしようかな。何を買おうか?皆で相談しコカ・コーラを買う。

喉もかわいてるし、貧しい山間部に暮らす子供達にとっては高級品。

でも喧嘩して奪いあわずに仲良く少しづつ分け合って飲むんです

とてもおいそうに。

とても嬉しそうに。

ふと思い出したのが。書道家の会田みつをさんのことば

『奪いあえばたらぬ、分けあえばたりる.

奪い合えば憎しみ。分けあえばよろこび』

なにげないけど とても美しいシークエンスでした。

まごころを積み上げた あたたかな作品です。

2006年1月25日 (水)

自分を信じろ!ボクサー辰吉丈′一郎

誰の家にも、その人なりの宝物ってものがあると思う。

今日はぼくにとっての宝物をひとつ紹介しますね。

              Photo  Photo_2

それは僕の大好きなプロボクサー、

辰吉丈′一郎さんが試合でもらったトロフィーです。

えっ。何でそんなものがあるのかって

ちょっと説明しますね。

僕のいとこが某ホテルで働いていたのです。

そこを辰吉選手の所属する大阪帝拳ジムが東京での試合のときに

利用していたのでした。

いとこは仕事を通じて辰吉選手と仲が良くなったらしく、彼が宿泊の際は

色々とお世話をしたそうでした。

このトロフィーは辰吉選手が彼にあげたもので、それを6年後、僕が譲り受けたのです。

でも勝った試合のものではありません。そうある意味で試練の試合でした。

時は1996年3月3日の横浜アリーナ。

人気ボクサー辰吉丈′一郎は階級をバンタム級から一階級あげて

時のスーパーバンタム級チャンピオン、メキシコのダニエル・サラゴサに挑戦

しました。

当時、辰吉選手は25歳、チャンピオンは何と38歳。勢いと才能のある辰吉選手の

勝ちは間違いないと、自分も確信していました。

ところがです。試合開始のゴングが鳴るといきなりチャンピオンが攻勢に出ました。

辰吉選手の顔面に強烈な左ブローがヒット。たまらず辰吉選手は腰をおとしました、

そして怒涛の強打の嵐を浴び続けました。からくもダウンはのがれましたが

この奇襲戦法がその後の試合の展開にも大きく響きました。完全に主導権を奪われ

相手のペースに巻き込まれてしまったのです。辰吉選手は7Rに見せ場を作るも

あとは何もできなかった。

結局、試合はサラゴサのパンチが辰吉選手の目の上を切り裂き、

その傷が深くなったところで辰吉選手はドクターストップがかかり

TKO(テクニカルノックアウト)けとなったのでした

試合後、辰吉選手はファンに対してリングの上で土下座をしてお詫びをした。

そんな屈辱的な光景が僕の胸にも切なく焼きつきました。

Imgp0262 

このトロフィーというのは日本テレビが負た

彼の健闘を讃えて送った敢闘賞です。

しかし辰吉選手はホテルの宿泊室に

置きっぱなしにしていったそうです。

見つけた いとこが渡そうとしたところ。

『あげるわ、それ

屈辱だったのでしょう。

そうして、これは、いとこの手に渡り、長い歳月が経過し

辰吉選手の大ファンの僕がお願いして譲ってもらったものなのです。

天才ボクサー、辰吉選手はこの試合で堕ちた偶像と世間で言われました。

負けた翌日のスポーツ新聞や一般紙の見出しはこぞって

『辰吉引退』でした。

ここでグローブを置くのも一つの選択だったはずです。

でも彼はどうしてもボクシングをやり続けたかった。

周囲の猛反対を振り切ってでもね。

そして2年後に、まさに背水の陣で無敗のタイの強豪チャンピオン

シリモンコンに挑み、TKO勝ちで念願の王座を再び手にしたのでした。

Imgp0302

どんな人にも大きな挫折だとか、

失敗はおとずれます。

大事なのはその後、

どう行動したかということではないかな。

『挫折することによって、新しい価値軸が生まれる。』

作家の中谷彰宏さんがある本に書いた言葉が思い浮かびます。

この試合は確実に辰吉丈′一郎の人生に新たな軸を生んだはず。

小さな体の彼。でも 人間としてのとてつもない大きさ、カリスマ性を感じるのは、

逆境の中で最後まで自分を信じ、ボクシングという自分の好きなことに.真摯に取り組み、

精進し、ついに再び栄光をつかんだからですね。

辰吉丈′一郎はいつまでも僕にとってのヒーローです。

今後はまだ決まっていないようですが 

きっとやってくれる。

そう信じています。

2006年1月24日 (火)

映画の話 『キングコング』

思い起こせば自分の記憶の中にある初めて映画館で
見た映画は『キングコング対ゴジラ』でした。

背中のチャックが見えてるようないいかげんなコング

だったけどそんなでも 当時はすごく怖かったことを覚えています。

今回の『コング』は泣けました。

ブロンドヘアーの美女アンもコングもお互い孤独と
いう点では共通点があった。
だから理解しあえることができたのかもしれない。

クリスマス近く ニューヨークの街中の公園の中の
凍った池の上で子供のようにはしゃぐコングとアン
のシーンはとても美しく切なかったですね。

『シベールの日曜日』という昔の映画で
やはり戦争で記憶を失った青年と孤児の女の子が
スケートをして遊ぶシーンがなんとなく思い出しました。
あの映画も最後誤解から生まれた悲劇的な結末だったなあ。

監督のピータージャクソンのコング愛を感じる映画でしたね。

               

よしギュ-!!!

いやあ まいったまいった。

今年の春からいよいよ 吉野屋の牛丼が食べられると

期待に胸を膨らまして待っていたらこの知らせですよ!

Imgp1048←まったく。アメリカの輸出業者の検査ってどうなってんでしょうねえ。

自慢じゃないけどうちの会社の検査の.人なんて

何ミクロンの世界の異物を.探し出しているのに・・・これは

その何千倍も.いや何万倍もあるっつうのに!

おもえば吉野家が牛丼の販売を中止してはや2年。

どんなにこの日を心待ちにしていたことか。

たかが牛丼。されど牛丼。。

本当にもう アナキンスカイウォーカーみたいに

ダークサイドに落ちてやる。 

Imgp1038 チックショー!!!(小梅太夫風)

2006年1月23日 (月)

小さな.お医者さん

うちの 息子ですが 今年の9月から幼稚園(編入)しまして

やはり 幼児の社会でもまれたのでか急ピッチで 言葉の

ボキャブラリが増えています。

一年前は 3歳にも関わらず イクラちゃん 状態で よく奥さんと

心配したもんですが、たった半年くらいでタラちゃん に近いとこまで

きました。

でも まあ 言ってることは 思わず えっ て思うものもありますね。

今日 ぬいぐるみ相手にお医者さんごっこをしてました。

『どうしたんでしゅか、お熱をはかりましょう』

(そこまではいいとです。)

『大変でしゅ。30度も熱がありまちゅ

(ていうか それしか熱がなかったら逆の意味大変だろ)

結構 ひとりでブツブツといっているので 一緒に参加して

遊んであげないといけないですね。Dora1

2006年1月21日 (土)

【映画の話】ALWAYS (三丁目の夕日)

『今日も明日も50年後も 夕日はいつだって綺麗だよ』

完成した東京タワーを夕日のオレンジ色が美しく
照らしているさまを眺めながら 鈴木オートの
一平くんのセリフで結ばれるこの映画。

見終わると生きていく希望と
明日も頑張らなくちゃという励ましを与えてくれます。

振り返ってみると、
自分も夕日などもう何年も眺めたことはなかった。
夕日がいつも綺麗に世界を照らしてくれていることなど
そんなこともついぞ 忘れてしまっていた。

この映画の世界に入り、三丁目の人たちとふれあい、
一緒に泣き、笑い。そして
迎えるラストシーンの夕日を見ていると
悩みとか、不安とか、あせりとか
そんなものが 浄化され、希望というエネルギーが
体中に満ち溢れてくるような心持ちになります。

映画の世界は昭和33年(1958年)
そこから50年後とはもう2年先のことである。

今のように 携帯電話もDVDもエアコンもなかった時代。
”洗濯機・TV・冷蔵庫”が三種の神器ともてはやされ
新しくTVの来た家には 町中の人が集まり空手チョップの力道山の
プロレス中継に夢中になった。また
長嶋監督がデビューしたのもこの頃で子供達は
金田投手相手に全打席三振している様子を町中でまねっこしている。

三丁目の町の人達は経済的には貧しくとても
心豊かで 楽しく温かい人たちだ。

町工場を営む鈴木オートの3人家族。
青森から上京し新しく仲間になった六ちゃんこと六子。
駄菓子屋と子供向けの雑誌で生計を立てながら
密かに 有名作家への仲間入りを狙う茶川さん。
フラッと流れてきた 美人ながらちょっとわけあり
雰囲気の漂うのヒロミさん。身元の不明な少年淳之介君。などなど。

それぞれ皆のエピソードが見事に絡みありどれも大好きなんだけど。
僕の一押しは 堤真一演じる鈴木オートの社長です。

ほんの勘違いから六ちゃんのことをうそつき呼ばわりしたものの
逆に ちいさな町工場なのに 大きな自動車工場のようなことをいって
求人広告を出した社長の方こそ、詐欺師だ。うそつきだ。
と切り返されるあたりがいい。

『今は小さな町工場だが、自動車産業はこれから飛躍的にのびる産業だ。
将来自分の工場もきっと大きな工場そうなるんだ。だからそうかいた。
それの何が悪い。そういった会社になるためお前も手助けをして欲しい』
そんなこと言って改めて六子を迎える。

いつも怒って 物を壊し どなりちらし、わめいているけど 心に希望と夢を持っている。
そして実は温かい。
とても人間的にまっすぐな彼に共感しました。

時代は変わっても 夢や目標は人それぞれあるはず。
自分にだってある。ちょっと自信を失ってはいるけど。
疲れて背中をまるくし、うなだれて歩くのではなく
しゃきっとしないとね。

三丁目の人達のように 夢と希望を持とう。
そして 疲れたら 夕日を見よう
いつの時代もそれは美しく、
等しく皆を癒し、背中を押してくれるから・・・。

Alwaysの公式HPはこちら↓

http://www.always3.jp/

はじめまして

はじめまして もりまさといいます。(性と名をあわせた呼び名)

このたび ブログをはじめることにしました。

2001年の冬頃から作家の中谷彰宏さんのHPに遊びにいって

そこの掲示版に映画やスポーツ、こどもの話などに関する話を

書き込んだりしたり、そこで知り合った方のHPに記事を載せていただいたり

したりしていましたが このたび 自分のブログを持つことにしました。

一度HPを作ろうとしてホームページビルダー8を購入するも挫折。。

いつかやろうと思っているうちに日々がすぎていきました・・・。

そして2年ばかりたち 時代が変わり、簡単に無料で作れる

ブログなるものが流行しブームとなっておりました。

眞鍋かをりさんの『眞鍋かをりのココだけの話』が本屋にならび

ブログの女王って呼ばれている人のブログってどんなの

って興味を持って読んだのが運命の出会い。

よし 自分も ブログをはじめて毎日を楽しく生きよう。

引き出しの多い人になろうと考えたわけです。

そんなことでこのブログをたちあげました。 無謀にも。

つれづれなるままに つたない話を 書き込んでいきますんで 

よろしくお願いします。

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フォト

’08 七夕祭り

  • 2008_1
    08年7月13日更新

卒園式

  • 年少時の先生とツーショット
    2008年3月18日 マサキ卒園です。

息子の小部屋

  • 甘えてます。
    こどもの写真を撮るのは楽しいですね。

お宝(サイン他)

  • 辰吉丈′一郎のサイン
    ここでは 私が大切にしているお宝を紹介します。