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2006年1月25日 (水)

自分を信じろ!ボクサー辰吉丈′一郎

誰の家にも、その人なりの宝物ってものがあると思う。

今日はぼくにとっての宝物をひとつ紹介しますね。

              Photo  Photo_2

それは僕の大好きなプロボクサー、

辰吉丈′一郎さんが試合でもらったトロフィーです。

えっ。何でそんなものがあるのかって

ちょっと説明しますね。

僕のいとこが某ホテルで働いていたのです。

そこを辰吉選手の所属する大阪帝拳ジムが東京での試合のときに

利用していたのでした。

いとこは仕事を通じて辰吉選手と仲が良くなったらしく、彼が宿泊の際は

色々とお世話をしたそうでした。

このトロフィーは辰吉選手が彼にあげたもので、それを6年後、僕が譲り受けたのです。

でも勝った試合のものではありません。そうある意味で試練の試合でした。

時は1996年3月3日の横浜アリーナ。

人気ボクサー辰吉丈′一郎は階級をバンタム級から一階級あげて

時のスーパーバンタム級チャンピオン、メキシコのダニエル・サラゴサに挑戦

しました。

当時、辰吉選手は25歳、チャンピオンは何と38歳。勢いと才能のある辰吉選手の

勝ちは間違いないと、自分も確信していました。

ところがです。試合開始のゴングが鳴るといきなりチャンピオンが攻勢に出ました。

辰吉選手の顔面に強烈な左ブローがヒット。たまらず辰吉選手は腰をおとしました、

そして怒涛の強打の嵐を浴び続けました。からくもダウンはのがれましたが

この奇襲戦法がその後の試合の展開にも大きく響きました。完全に主導権を奪われ

相手のペースに巻き込まれてしまったのです。辰吉選手は7Rに見せ場を作るも

あとは何もできなかった。

結局、試合はサラゴサのパンチが辰吉選手の目の上を切り裂き、

その傷が深くなったところで辰吉選手はドクターストップがかかり

TKO(テクニカルノックアウト)けとなったのでした

試合後、辰吉選手はファンに対してリングの上で土下座をしてお詫びをした。

そんな屈辱的な光景が僕の胸にも切なく焼きつきました。

Imgp0262 

このトロフィーというのは日本テレビが負た

彼の健闘を讃えて送った敢闘賞です。

しかし辰吉選手はホテルの宿泊室に

置きっぱなしにしていったそうです。

見つけた いとこが渡そうとしたところ。

『あげるわ、それ

屈辱だったのでしょう。

そうして、これは、いとこの手に渡り、長い歳月が経過し

辰吉選手の大ファンの僕がお願いして譲ってもらったものなのです。

天才ボクサー、辰吉選手はこの試合で堕ちた偶像と世間で言われました。

負けた翌日のスポーツ新聞や一般紙の見出しはこぞって

『辰吉引退』でした。

ここでグローブを置くのも一つの選択だったはずです。

でも彼はどうしてもボクシングをやり続けたかった。

周囲の猛反対を振り切ってでもね。

そして2年後に、まさに背水の陣で無敗のタイの強豪チャンピオン

シリモンコンに挑み、TKO勝ちで念願の王座を再び手にしたのでした。

Imgp0302

どんな人にも大きな挫折だとか、

失敗はおとずれます。

大事なのはその後、

どう行動したかということではないかな。

『挫折することによって、新しい価値軸が生まれる。』

作家の中谷彰宏さんがある本に書いた言葉が思い浮かびます。

この試合は確実に辰吉丈′一郎の人生に新たな軸を生んだはず。

小さな体の彼。でも 人間としてのとてつもない大きさ、カリスマ性を感じるのは、

逆境の中で最後まで自分を信じ、ボクシングという自分の好きなことに.真摯に取り組み、

精進し、ついに再び栄光をつかんだからですね。

辰吉丈′一郎はいつまでも僕にとってのヒーローです。

今後はまだ決まっていないようですが 

きっとやってくれる。

そう信じています。

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コメント

いまごろ、以前の記事のコメントをしてるgrybBです、こんにちは。
さっそく、例の「読書感想文入賞」した少年の感想文をプリントアウトしてRに渡しました。
そしていま、この記事を読むとき、たまたま在宅していたRを呼び、一緒に読みました(笑)
タツヨシさんを知っているヒトがどうして私のブログにコメントを載せるのか、そして私がどこでこの記事をヒットさせたのか、とても不思議がっています。
ブログのしくみはもちろん知っているのですが、「タツヨシさん」がらみだと、細かいことまで知りたくなるらしいのです(爆)
トロフィーのことも、読みながら、すべて知っていました。だからこそそれをもっているなんてすげえ!と言っています。
今日の第2弾の記事にちょっとだけ載せようと思っています。

Rさんもなかなかの辰吉丈′一郎
マニアですね。笑)
吉の字の件はすっかり忘れていました。

トロフィーは自分の机の上に飾ってあります。
たつよしの写真と一緒に。
くじけそうなときにこれに触ると
元気が出るような気がしますです。

辰吉Jr(寿輝也君)もボクサーになるようですね。
亀田三兄弟末っ子の和毅君と
いつかリングで戦うことがあるかもしれませんね。
両セコンドに 辰吉丈′一郎と亀田父がいたら
すごいことですね。

辰吉さんは15歳になったら辰吉家では成人扱い
と公言していますから 子供を陰で見守りそうですが・・・。

不死鳥辰吉丈一郎管理をしているYUZUと申します。先日は書き込み等をありがとうございました。実は現在では不死鳥ではビデオレンタルをやっておらず(昔はレンタルをやっていた)、まあ創始者たかさんというかたが地道にレンタルをやっていたそうなんですが。返却されないという問題があったのでしょう。で、ファン同士が交流をしあって、信頼が得られる方がみつかれば貸し借りをしてもらえばいい・・・不死鳥が絡むと掲示板上でも大変なので~ということで来ていました。ですので、もりまささんのようなエネルギッシュで前向きな方がいらっしゃると大変助かりました。これからも辰吉さんのみならず、不死鳥サイトもかわいがってもらえたら幸いです。よろしくお願いいたします・

広島のYUZUさん。いつも不死鳥辰吉丈′一郎の
サイトを運営し最新情報や辰吉さんの近況が
分かる場を提供いただきありがとうございます。

たかさんが管理をされていた時期から
ずっと覗かせていただいていました。
書き込みはしていなかったですけどね。
そういう楽しみ方をしていました。

不死鳥サイトを訪れた人がもし私の方に連絡をくれた時には大事に対応してあげたいと
そう思います。

辰吉さんの伝説の試合の数々伝えてあげたい
ですね。
もちろん最終章が残っていますが・・。

3度も世界チャンピオンになった辰吉さんが
それでもなお強いモチベーションを維持し
日々練習を積み重ねているというのは
本当に凄いことです。


近いうちにまた辰吉コールの鳴り響く会場で
辰吉さんが新たな一歩を踏み出すことを
願っています。

これからも辰吉丈′一郎さんと不死鳥サイト
を応援しています。それでは。

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» 本 質 [“JであってJでない”]
下記の記事は、96年の3月に「フォーカス」だったか「フライデー」だったかに載ってたモノです。この系統の雑誌って、言いたい放題の事が書いてあるから(アンチは痛快でしょうが)ファンからするとムカツクような内容ばっかり。本気でムカツク!! ムカツクんだけど…でもやっぱり読んじゃうんですよねぇ♪ この時も、やりきれない怒りが沸々と…確かに最初はそうだったんだけど、でも最後まで読み終えた時、思わず「なるほどねぇ、コイツは一本取られちまったぜ〜♪」となったわけなんですよ! [[att..... [続きを読む]

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  • 甘えてます。
    こどもの写真を撮るのは楽しいですね。

お宝(サイン他)

  • 辰吉丈′一郎のサイン
    ここでは 私が大切にしているお宝を紹介します。